どん底のメリークリスマス『タンジェリン』

☆☆☆☆(星4つ)

舞台はロサンゼルスのど下町。ポン引き業を営む恋人の罪を被って留置所にブチこまれ、ようやくシャバに出てきた黒人トランスジェンダー娼婦のシンディ(キタナ・キキ・ロドリゲス)は歌手を目指す同業のアレクサンドラ(マイヤ・テイラー)から恋人の浮気を聞きつける。怒り狂ったシンディは浮気相手を見つけ出すためにクリスマスの街を疾走暴走爆走する!

シンディとアレクサンドラ、そしてアルメニア移民のタクシードライバー・ラズミックの3人が過ごす散々なクリスマスの一日を全編iPhone5sで撮影した今作。
クリスマスといっても「Tangerine(濃い橙色,赤橙色)」というタイトル通り強烈な日差しで焼けたような映像に一般的なクリスマス的要素はほとんど見られない。
風景はどこまでもしみったれてるし、出てくる人たちは性的マイノリティ、路上生活者、移民…みんなもれなくお金がさそうで、画面にはどん詰まりの空気が充満している。「世界にはいろんなクリスマスがあるんだなぁ」と思う。

路上ではトランスジェンダー娼婦による売春が日常的に行われていて、売るほうも買うほうもそれ専門の方ばかり。たまに普通の女性がうっかりそこで商売しようものなら「ワレメは帰れ!」と罵倒される始末(すごい罵倒の仕方だ)。
このエリアはトランスジェンダー娼婦たちの聖域なのだ。日本でいう新宿二丁目と考えると特に不思議はないんだけど、きつい陽光と人種的なビジュアルの違いに面食らってしまいましてね、いやはや…。

それでも監督・ショーン・ベーカーのリアルで優しい目線のおかげでそんな街と人々を不思議なくらい身近に感じることができる。
共感するとまでは言わないけど、少なくとも観てるうちにこのめちゃくちゃな登場人物たちに愛着のようなものが湧いてくる。

家族とも恋人とも友達ともうまくいかず、そして最後にはいわれのないひどい仕打ちまで受ける最低の一日だけど、最後にはほんのりとした光が射す。
そういう意味ではこれはまさに100パーセントのクリスマス映画だし、(遠い昔はるか彼方の銀河系とかじゃなくても)今この瞬間も同じ時代に存在しているけど、普通なら出会うはずもなかった世界を垣間見せてくれる、映画本来の魅力にあふれた作品だった。

☆☆☆☆…これは今まで映画で観たクリスマスの中でも屈指の悲惨さ。奥さんを人質に取られてビルを占拠したテロリストと戦う羽目になる非番の刑事より悲惨。


ドーナツ屋さんが頻繁に出てくるのでロンドンの変わったドーナツの写真でもと思ったらこれベーグルでした。すいません。

おだかやすゆき
昼は会社員/夜も会社員/座右の銘は「狼は生きろ、豚も生きろ」
つらい仕事の合間に楽しい映画を観て感想を書きます。
好きな映画は「人間はガンガン死ぬけど動物と子どもは絶対に助かる」映画。
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