人間っていいな『スリー・ビルボード』

【あらすじ】
舞台はミズーリ州にある架空の町エヴィング。
何者かに娘を殺されたお母さんは一向に捜査が進展しない無能な警察に業を煮やし、町外れの三枚の看板に「娘は強姦されて殺された」「まだ犯人は見つからない」「「警察署長よ、仕事しろ」という三つの広告を出す。
名指しで糾弾された警察署長とその忠実な部下はこの行動に対して激しく抗議し、エヴィングには不穏な空気が…。

今年度のアカデミー賞最有力候補としてすでに賞レースを賑わしている今作。
あらすじからなんとなく「正義のために立ち上がった母」vs「無能で劣悪な警察官」という図式を想像して観たわけだけど、わりとすぐに「あ、これはそんなわかりやすいやつじゃないぞ」と姿勢を正した。

なにしろお母さんを演じたフランシス・マクドーマンドのドスの効いた佇まいからして一般的な「清く正しい母」のイメージとは程遠いし(どちらかというと「ランボー」に近い)、一方の警察署長は無能どころか家族や町民に愛される人格者として描かれる。その署長を慕う部下は粗暴ですぐキレる危ないやつだけど、家ではこっそりアバを聴いてたりする。

看板を管理する広告会社の担当者の兄ちゃんはその中でも特によかったですね。最初はなんかヘラヘラしたチャラいやつだったのに最後で最高の男気を見せる彼の存在は、非常に内容を形容しづらい今作を「あ、いい映画なんだこれ」と観客に気づかせてくれる。ケイレブ・ランドリー・ジョーンズという長い名前を限られた文字数を使ってでも紹介したくなるくらい、出演者の演技がいちいち素晴らしい。

物語の視点が変わるたびに登場人物の印象もガラリと変わるし、誰一人として話の都合で動いたりしない。迷い、苦しみ、取り返しのつかない過ちをおかしまくり…身勝手に右往左往するエヴィングの住人たちは最後、観客を思ってもみなかったような境地にたどり着かせる。
人生は相変わらず苦しいままだけど、ほんのりとあたたかいラストが今も心に残る名作。

おだかやすゆき
昼は会社員/夜も会社員/座右の銘は「狼は生きろ、豚も生きろ」
つらい仕事の合間に楽しい映画を観て感想を書きます。
好きな映画は「人間はガンガン死ぬけど動物と子どもは絶対に助かる」映画。
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