その気になれるありがたさ『Q.E.D.証明終了』

“漫画ばっかり読んでいると馬鹿になるよ!”
言われたことありませんか?
私は幼少期マンガ禁止の家庭で育ったので、この呪文は日常的に耳にしました。
反動で高校の頃くらいからほぼマンガしか読まなくなって、結果この有様なので、この言葉はほぼ呪いとなって成就したと言えるでしょう。

漫画は読みたい。でも馬鹿になりたいわけじゃない。
そんな葛藤をどうするか?
天才のマンガを読むしかない。

そんな高校3年生の時に出会ったのが、『Q.E.D.証明終了』。

加藤元浩/講談社

これは所謂天才モノ(天倵の才を活かすやつ)ではなく、本当の天才、15歳でMIT(マサチューセッツ工科大学)を卒業した高校生のお話。
彼が日本の私立高校に入学しなおし、そこで対照的なアクティブなヒロインと出会うところから物語は始まります。

…というか、これは世間的には立派な推理漫画なんですよね。
数学的知識をベースに事件を解決する、探偵モノです。
ただし、某少年の事件簿や某少年化名探偵と違い、彼は安楽椅子探偵で、かつ基本的には1話完結です。
なのでどこから読んでも基本的には問題なく読むことができます。
ちなみに、一つの巻に対し殺人事件1話とそれ以外の事件1話の計2話から構成されています。このバランスは一応公式。2009年に某公共放送でドラマ化もされています。

この主人公は数学者で、MIT在学時の研究テーマは『ゼータ関数、およびその周辺領域の証明』だそうです。
既にわかりません。
そもそも関数をすでに忘れてしまった。
他にも有名なオイラーの定理や、デデキントの切断、ポアンカレ予想、カオス理論…数学専門用語がバンバン飛び交いますが、基本そこに深く言及されることはありません。
多少わかりやすい説明はありますが、ヒロインが『全く分からない』と代弁してくれますし、わからなくても読むことができます。

しかし、中身のことが理解できなくても、名前を知っているだけでなんだかうれしい気持ちになれる。知識の入口のような気がしてくる。少しだけ歩み寄った気がする。
そんな不思議なオマケが得られる作品です。
なお、姉妹作として『C.M.B. 森羅博物館の事件目録』というものがありまして、こちらは(こちらも)天才考古学者の少年が主人公で、色んな事件は考古学や文系の知識をベースに作られています。
数学にアレルギーがありすぎて数字を見ると倒れてしまう方は、こちらから慣れるのも手かもしれません。

50巻までが第1シリーズとして連載され、今は第2シリーズとして『Q.E.D. iff ―証明終了―』になっています。現在第2巻まで刊行済み。
基本的には主人公が引っ越したくらいで、基本的な登場人物は構造はそのままです。
なので、50巻も読むのは辛い!という方は、第2シリーズから追ってみるのはどうでしょう。

主人公とヒロインの関係がとても素敵なのも魅力の一つ。
安易に恋愛に走るわけでもなく、男女の友情は存在するのだ!というわけでもなく、それがどういう風に表現されているか…
それは作中(単行本は16巻)で素晴らしい言葉で置き換えられているので、是非読んでみてください。


出てくる単語で一番好きなのは、『ジョンバール分岐点』です。

やまなか(仮)
貯蓄もないのに漫画をジャケ買いしては一喜一憂しているどうしようもない人間。
狭く浅く生きています。