映画『リングサイド・ストーリー』 武正晴監督インタビュー
ヒデオがとてもリアリティのあるダメっぷりでした。
典型的な、わかりやすいダメなヤツですよね(笑)。
ヒデオのいいところは、折れないところなんです。普通はああいう感じになったら、バイトだってするだろうし、過去の栄光は忘れて貪欲にやりますみたいになるじゃないですか。でも彼はならない。あそこまでできるからこそ、大したヤツだなって思います。逆に期待できますよ。
僕たちが映画『百円の恋』を作ったのも、そういうところです。あの頃の僕らはまさにヒデオの状態でした。追い詰められてて、突破するしかなかったんです。
モデルはいるんですか?
特別ヒデオが誰に似せたとかはないですけど、ああいう役者さんはいっぱいいますよ。とはいえ、彼らの私生活がどういうものかまでは知らないから、そこはこちらで作っていきましたけど。でもその私生活にしても、結局僕たちが考えそうなことというか…男ってこんなもんですよっていう(笑)。
誰に頼まれてもいないのに自分の道を進もうとしているヒデオは、世間一般からしたらダメなヤツだけど、僕らの世界から見ると期待できるヤツなんです。普通の人なら、途中でやめちゃったり違う仕事始めたりしますもん。自分の可能性を信じて粘れるって、逆にすごいなって。
カナコや近藤さん演じるマネージャーさんのように、自分を信じてくれている人がいるのであれば、シメたと思って自分を信じて続けるべきなんじゃないかな。
カナコの包容力も印象的でした。
今回、当初は支える女性を描きたかったんですよ。でもシナリオ作る過程でどんどんヒデオが膨らんできちゃって、W主役になりました。知らない世界に入った女性が巻き込まれ変わっていく話から、傑作な男を支える話になった。
カナコにも、モデルとなる人はいるんですよ。彼女は、まさに『百円の恋』脚本の足立さんの奥様がモデルです。足立さんがアカデミー賞を受賞できたのは、あの奥さんがいたからでしょうね。奥さんも足立さんを信じてやめろと言わないし、足立さんも奥さんが信じてくれる限り、それは逆に言えば奥さんにやめろと言われない限り続けてやる、という信頼がある。
確かに、カナコはひたすらにヒデオを支えますね。
カナコは、作中以外でも、きっとヒデオにやめろとは言っていないでしょうね。ヒデオだって葛藤はあるはずなんです。もしかしたらやめろって言って欲しいところもあるかもしれない、そういう気持ちがゼロじゃないかもしれない。でもカナコは言わない。
優しさでもあるけど、厳しさでもある。引導を渡さないという、パートナーシップでもあり、苦しみ。
それがある種『いい夫婦』と言われるポイントなのかもしれませんね。
佐藤江梨子さん、瑛太さんをキャスティングした理由を教えてください。
ヒデオは、彼の経歴に説得力を持たせられる俳優じゃないとダメですよね。大河ドラマに出たことがあって、今もずっとカナコが惚れ込むだけのものがある人。僕は最初から瑛太さんがいいなと思っていました。脚本を読んでもらったら「やりたい!」と乗ってくださったので、とても嬉しかった。
瑛太さんは、僕が助監督時代に映画『嫌われ松子の一生』でとても重要な役をやってたのがずっと記憶にありました。まだ若かったけど、難しい役でも小さく細やかに、意外なことを現場でやる人でしたね。虎視眈々と色々企んでるなと。それから歳月が経って彼も着々とキャリアを重ねてたので、やっぱり力のある人だなと再認識しました。
瑛太さんが先にヒデオとして決まった中で、カナコは、そんな彼に対抗できる方じゃなきゃいけないなと。だから華奢で可愛らしい女優さんではなく、もっと存在感がなきゃダメで。
サトエリさんは、この作品に取り掛かるずっと前に、忘年会でお会いしたことがあったんです。その時の存在感がとても印象に残っていました。だから会議中に「カナコの存在感ってどこかで見覚えが…サトエリさんだ!」と思い出し、すぐ出演交渉をしました。存在感もバッチリで、コメディエンヌで、僕の中ではカナコだった。絶対いけると思いました。スケジュール確認の間も祈るような気持ちでした。
色んなレスラーさんやタケルさんなど、役者さん以外の演出も自然でした。
レスラーの方々は、こちらの1のお願いを10倍にして返してくれるんです。広げていくという、それが彼らの仕事なんですよね。命懸けなんです。だから当然僕たちも手を抜けない。
でも、監督として特別な演出などは全く必要なかったんです。役や設定を本人たちに近いところに置いて、彼らが普段生活しているところで普段通りやってもらう中にカメラを回して、はい撮れましたと。余計なことは一切いらなかった。
みなさん、やはり日頃から舞台に立つ人達なので、常に準備をしてます。どんな小さなことでも、全身全霊で取り組んでくれる。感動しますよ。それこそ、俳優に見せてあげたいくらい!
プロレスとK-1と演技と、バラバラなように見えて、実は近いものだったということが、結果的にわかる作品になっていると思います。
前作『百円の恋』のヒットによって、環境は大きく変わったのではないでしょうか?
初めてお会いする方からも“見ましたよ”と言っていただけて、作品に救ってもらっていますね。あとは助監督時代にお世話になった方々に恩返しできるようになりました。
仕事をいただけること、それはつまりまだ映画を作ってもいいよ、と言ってもらえてるということなんですけど、とてもホッとしています。映画はやはり一本一本が勝負なので、これからも毎回丁寧にやり続けなければいけないですけどね。
何故映画を作るのか…、僕は『才能が結集する』からだと思うんです。様々な分野から、優れた人たちがどれくらい集まるのかが楽しい。今回も全然予想もしてないような人たちが集まってくださって、自分でも「なんだこれは!?」となりました(笑)。僕たちの仕事は、そんな才能が集まれる場所を作ることなんです。
『百円の恋』は難産で、誰にも頼まれてなかった作品ですけど、『リングサイド・ストーリー』は望まれた幸せな過程で生まれた作品となったのが、ホッとしています。
変わらないこともありますか?
相変わらず生活はギリギリですよ!(笑)そういうところはあんまり変わりませんね。危機感もあります。いつ映画の仕事ができなくなるのかと…保障は全くないですし。
きちんとした水準のものを作り続けないといけません。そうでないと先に進めない。映画は残るものなので、自分たちが作りたいものは勿論、企画した人たちのニーズに応えていくこと、両方を大事にしなければいけないと思います。
最後に改めて映画『リングサイド・ストーリー』の見所を教えてください。
やっぱり演者の皆さんですね!貴重で素晴らしい方々が集まってくださいました。特に、このサトエリさんと瑛太さんの2人。この2人のやりとりを終始見ていただきたい。彼らを見ていると、1人より2人がいいなと思えてきます。
周囲の俳優さんたちも素晴らしいです!そこにプロのレスラーやK-1選手、レフリーの方々などいろんな方々が出てくれた。カナコとヒデオの関係がみんなに電番して、芝居もどんどん良くなっていくんですよ。みんなが作品の中に夢中になってくれました。
芝居とプロレスとK-1という、普段交わらないジャンルをこの映画で一堂に集めることができた。映画で繋ぐことができた。その奇跡を感じてもらえたらと思います。
映画『リングサイド・ストーリー』 http://ringside.jp/
江ノ島カナコ(佐藤江梨子)が10年間同棲中の彼は、ヒモ?同然の売れない役者“村上ヒデオ”(瑛太)。
カナコは勤め先の弁当工場を突然クビになり生活は大ピンチ!プロレス好きだったヒデオは、プロレス団体の広報が人員募集している事を知り、彼女の職探しをアシストする。
イキイキと働くカナコを、浮気していると勘違いして嫉妬に狂ったヒデオは、とんでもない事件を起こしてしまい、K-1チャンピオン和希(武尊)との一騎討ちを命じられるが・・・。
武 正晴
1967年生まれ。愛知県出身。
1986年明治大学入学とともに、明大映研に参加し、多数の自主映画制作に携わる。卒業後、本格的にフリー助監督として映画現場に参加。
『EDEN』(12)、『モンゴル野球青春記〜バクシャー〜』(13)、『イン・ザ・ヒーロー』(14)とオリジナル映画を撮り続け、『百円の恋』(14)で、第39回日本アカデミー賞 優秀監督賞を受賞。
本作は、『百円の恋』スタッフとともに手がけた、3年ぶりのオリジナル作品である。
撮影:大村祐里子