コーエン兄弟がぶちまける映画界への愛と嘲り『ヘイル、シーザー!』

☆☆☆☆(星4つ)

「ドス黒血なまぐさサスペンス」と「ドタバタゆるコメディ」という映画の両極端を自在に操るコーエン兄弟の新作は50年代のハリウッドを舞台にした歴史コメディ。
英語版ポスターには「LIGHTS,CAMERA,ABDUCTION(誘拐)」なんてイカしたコピーが踊っているので、最初はサスペンス風味かな?と思ったけど、実際は完全に後者だった。
なんとなく取っ付きづらそうな印象を持たれてると思うし、実際にそういう部分もあるんだけど、基本的には気楽に観られる楽しい映画です。

テレビの台頭と社会情勢の変化によって重苦しい空気が蔓延し始めた1950年代のハリウッド。
映画会社の「何でも屋」マニックス(ジョシュ・ブローリン)は、一向に進まない映画撮影の進行管理からうまくいかない俳優と映画監督の仲裁、果ては清純派若手女優の妊娠騒動のもみ消しまで、ありとあらゆる厄介ごとを解決するため日夜暗躍する。そんな多忙を極めるマニックスの元に社運を賭けた大作映画「ヘイル、シーザー!」に主演するスター俳優、ウィットロック(ジョージ・クルーニー)が誘拐されたという連絡が…。

実際のハリウッドを舞台にして、しかも登場人物にはみんな実在のモデルがいるというのに、全員ろくな描かれ方をしていないのがなにしろ痛快。
なさけなく誘拐されたうえに誘拐犯の思想にあっさり染まってマニックスにシバき倒されるウィットロックはかのチャールトン・ヘストンがモデルだそうだけど、映画の中ではばっちり大根役者の烙印を押されているし、物語の鍵を握る誘拐犯たちの高邁な思想も映画の中では「何言ってんだ、こいつら」と一笑に付される。

お話だけ見ると当時のハリウッド情勢を知らないと楽しめないといってもおかしくない内容だけど、そこはコーエン兄弟。兄弟印で楽しくデフォルメされた登場人物のドタバタだけで一級のコメディに持っていく手腕はさすが。
チャニング・テイタムの(無駄に)見事なミュージカル、スカーレット・ヨハンソンの華麗な水中劇、と往年の映画的名場面を模倣した豪奢な再現シーンの数々も見どころ。
個人的には訛りのひどい西部劇スターを演じたアルデン・エーレンライクの”棒読み演技風演技”が最高にゆかいだった。あいつはこれからのし上がってくるやつだ。

元ネタを知らなくても楽しめるし、観た後で当時のことを知るとさらに楽しい。そんな映画を使って当時のハリウッドを、ひいては世界を席巻したイデオロギーをみんな平等にコケにするコーエン兄弟のバランス感覚、今の世の中だからこそ見習いたい。

☆☆☆☆…でもまぁ売れないだろうなぁ、これ。

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イギリス旅行で、前にこのコラムで紹介した「ステーキ・レボリューション」に登場したステーキの名店Hawksmoorに行ってきたので写真見てもらっていいですか? このリブアイステーキ、無骨な見た目に反して柔らかくてすごくジューシーなんですよね。えっ?映画?いや、今回の映画とは全然関係ないです。すいません。

おだかやすゆき
昼は会社員/夜も会社員/座右の銘は「狼は生きろ、豚も生きろ」
つらい仕事の合間に楽しい映画を観て感想を書きます。
好きな映画は「人間はガンガン死ぬけど動物と子どもは絶対に助かる」映画。
https://twitter.com/odkysyk