100パーセント俺たちの映画『ムーンライト』

☆☆☆☆(星4つ)

マイアミの貧困地域で暮らす内気な少年シャロン(アレックス・R・ヒバート)は周りから”リトル”と呼ばれていじめられ、育児放棄気味の母親からも邪見に扱われる毎日。友達といえば同級生のケヴィンだけ。高校生になっていじめはさらにエスカレートし、さらには母親は麻薬中毒で荒れ狂う始末。そんな中でシャロンはケヴィンに友情以上の感情を抱くようになる…。

一人の少年の幼少期、少年期、青年期を3人の俳優が演じ分ける今作。
自然な演技を引き出すために3人は交流を禁じられたまま撮影が行われたそうだけど、少年から大人へ成長していく姿の違和感のなさに驚かされる。
シャロンは内気でナイーブだった少年期からいろいろあって立派な極道へと成長するんだけど、いかに肉体を鍛え上げ、麻薬ディーラーとしての貫禄を身につけても、車を運転してる時のポカンと開いた口を見るとそこには確かにリトルの面影がある。おとなしかったあの子がいつのまにか金歯を付け、デカい車を乗り回してるのを見て、「あの子は悪い友達とつるんでるんじゃ…」と近所のおじさんのように心配してしまうのもその人物像の統一感があってこそ。

シャロンが暮らす地域は住民のほとんどがお金のない黒人で、もちろん治安は最悪。そこかしこに暴力の気配があるマッチョな空気の中で、シャロンは自分のゲイというアイデンティティを誰にも受け入れてもらえず悩んでいたけど、狭い価値観の小さな世界で生きるしかない子どもが抱える閉塞感や、恋がフィーバーする一瞬の輝きにはついつい全然関係ない自分の青春時代を重ねてしまうような普遍性がある。
タイトル通り月の光が印象的に使われた、海辺でシャロンとケヴィンがしっぽり話す海辺のシーンで二人の間に流れるこの言葉にならない空気。
世界で大事なのはまったくこれだけで、黒人だとか性的にどうだとかそんなこたぁどうでもいい。二人の間に訪れるマジカルな瞬間をこの映画は確実に捉えていると思う。それはすごく、なんというか、素晴らしいことだ。

「タンジェリン」の時も同じようなことを書いたかもしれないけど、一見自分とは全然違う世界で、違う境遇で送られている人生をふっと身近に感じられたような時に「あぁ映画っていいよなぁ」と思う。
まぁ「キングコング」を観た時も「映画っていいよなぁ」と思ったけど、それとはまた別のやつっていうか…とにかく映画っていいよなぁ。

☆☆☆☆…登場人物の美しい黒い肌は今年度の「ベスト黒光り大賞」間違いなしだけど、撮影後に自然には存在しない青色を加えて修正するのがポイントだとか。へぇ〜。


食べた瞬間、ケヴィンに再会したシャロンのように顔が幼くなってしまう銀座「梅林」の銀かつ。こいつの前ではみんな赤子同然。

おだかやすゆき
昼は会社員/夜も会社員/座右の銘は「狼は生きろ、豚も生きろ」
つらい仕事の合間に楽しい映画を観て感想を書きます。
好きな映画は「人間はガンガン死ぬけど動物と子どもは絶対に助かる」映画。
https://twitter.com/odkysyk