ドラマ『ホクサイと飯さえあれば』プロデューサー森谷雄さんインタビュー

一風変わっているように思えるドラマ『ホクサイと飯さえあれば』ですが、それは何故なんでしょうか。

この作品を説明するときによく言うのは、『何も起こらないドラマ』ということですね。
深夜ドラマなんですが、ぬいぐるみが話していることのみ深夜ドラマ的なエッセンスがあるけれど、それ以外は変わったことは何も起こらない。朝見ても抵抗なく見てもらえるように作っています。朝ドラに対抗してもいいように(笑)。
人間関係も牛歩のごとくジワジワとしか進まないんですよ。ゆっくりとした彼らのほんのちょっとの成長の中で、料理を作るということが際立ってくるつくりになっています。だからドラマとしては、本当に何も起きない…(笑)。でも「何も起きないですよ」と言うと、かえって興味を持って見てもらえています。

昨今はドラマは中々厳しいというような風潮がありますが、影響はあったりしますか?

今や、視聴率はあまり関係ないと思うんですね。もちろんTV局の人にとってはとても大事なことだし、絶対とは言いません。僕自身元々、テレビ局にいましたけれど。でも今の僕はあまり気にしていないかな。
最近は、面白い作品は録画という形で視聴者のHDDの中に蓄積されていきます。その中で作品がずらっと並んだときに、ある意味特徴的でいないといけない。でも深夜ドラマはすでに飽和状態にある。奇をてらったり限界まで行こうと色々自由にやっているけれども、段々その自由度自体がお楽しみになってきて、やり過ぎた感がありますね。
その中で『主人公がぬいぐるみと会話する』&『主人公が自分が食べたいものを作る』、基本はこれだけで構成されているこの原作がアリだなと待ち続け、『主人公がぬいぐるみと会話する』、このたった1点の特異点が深夜ドラマとして成立につながってくると思いました。数字なんか関係ない、と開き直ったから作ることができたかもしれません。
ただ、やはり深夜ドラマ枠というのは実験場なので、これも自分なりの実験です。何も起きないぶん、きめ細かく作っています。そのことを大きくアピールしなくても、世の中の人たちは気づいてくれるんだろうなと思ってる。作品としてはとても自信があるけれど、それにどういう反響をもらえるかはドキドキします。

作品を作るうえで大切にしていることを教えてください。

“見たいのに、ない!”をやっている、ということですね。それは新しいものでも、かつて自分が影響を受けた作品に近いものでも。こんな作品があったら絶対見たいと思うものを作るようにしています。ないから作る。そしてそれが完成するころには、世の中がなんとなくそれを求めているようなムードができていて、ああよかった、と(笑)。キャスティングにしても大抜擢をやりがちなんですけど、いつも2年くらい早いんです(笑)。でも作品を作るのってそれくらいかかるから、ちょうどいいのかなとも思います。

確かに森谷さんといえば大抜擢のイメージがありますが、キャスティングのこだわりはどういうものがありますか?

役者にしても監督にしても、いいなと思ったらすぐ一緒にお仕事したいんですよ!すぐ使いたい!それが早すぎたり、そのあとその方々がめちゃくちゃ売れて中々2度目ができなかったり、辛さはあるんですけど…(笑)。
役者に関しては、学生時代ずっと自主映画を作って自分で出演もしていたからなのか、演者のリズム感みたいなものがわかるんです。そのリズム感のある人を見つけたときに、『一緒に仕事したい!』と感じます。そういう方を見つけるためにも、舞台や映画を沢山見に行くようにしています。色んなものを見に行って、挨拶して、絶対一緒に仕事しましょう!と。いい匂いがする役者のことがわかるんですよ…何故だか上手く説明できないですけど。
また、小説や漫画を読んでいると、頭の中ではセリフが聞こえてきます。声や空気感を想像しながら読んで、そこにハマる役者がいたりすると、いた!って思いますね。『ホクサイと飯さえあれば』もそうでした。上白石萌音さんは映画『舞妓はレディ』から知ってはいたけれど、映画『ちはやふる』で彼女のまとった空気と声をスクリーンで感じた時、この子だ!と思いました。彼女は声もいいんですよね。声は役者が大成する要素の大きな一つで、この作品も彼女のあの素晴らしい声じゃなかったら成立していないと思います。

これからドラマ界はどうなっていくと思いますか?

『視聴率に負けない作り方』。それを作り手がどれくらい本気でやれるかということだと思います。今は作る方も、そして見る方も視聴率という評価に負けてしまって、評判が悪いと見なくなってしまう。
僕はフジテレビ時代に大多亮さんと石原隆さんの両方のドラマ作りを間近で見て学ぶことができた、とても得した人間なんです。石原さんの膨大な映画の知識から裏打ちされたロジカルなドラマ作りと、役者のエモーションやある種のケレンミを大切にした人間力から突き進むような大多流ドラマ作りを両方経験している。大多さんも石原さんも、作り手として確固たる意志がある方々です。だから今でも彼らの作品は記憶に残っている。
昔は視聴者の反応を見ながらドラマを作っていました。本当のラストシーンをどうするのかギリギリまで考えたり…それは連続ドラマとしては正しいですが、20年前のやり方なんですよね。今は、SNS等で簡単に意見を言えるし求められる。それに対して右往左往してしまうような作り手ならば、作るべきではないと思います。作り手の意思が簡単に視聴者に感じ取られてしまうから、やはり制作側は責任感を持って作らなければいけない。視聴率に左右されることなく、そんなの関係ないんだ、これが面白いと思うんだ!と強い意志で取り組まなければいけないですね。
原作モノの多い時代ですが、本来であればオリジナル作品こそが映画やドラマのあるべき姿だと思います。特にTVドラマは最たるものですね。放送できるという既得権を最大限に使えるとても恵まれた盛大な方法なんです。そんな最高のポジションにいることをもっと生かすべきです。

作品制作の流れも変わっていくんでしょうか。

2016年は、エポックメイキングな作品がたくさん生まれた年でした。そしてその大半は世間の人があまり知らなかった監督たちの作品。いわゆる“新しい人たち”をピックアップして、世間が受け入れてくれることが実証されたんです。それを踏まえると、2017年から2020年くらいまで、もっと新しい才能をピックアップしよう!という空気が盛り上がっていくと思います。
新しい才能が何に長けているかといえば、観る人に寄り添う距離感を考える力です。観客と寄り添える才能を持った若いクリエイターたちがこれからどんどん出てきて、僕はそんな彼らを深夜ドラマや配信ドラマで実験しながら育てていくのが仕事になります。
今の制作側の感覚って『今が良ければいい』という風潮が強いんですが、それは絶対にやめた方がいいと思うんです。素晴らしい才能を見つけたらそれを広げることがプロデューサーの使命。僕を含め、どれだけのプロデューサーがどれくらいの才能を引き上げていけるのかを考えないと、この先もずっと数字や結果に負けていくだけになってしまう。
その作品を見てほしいという熱も、今以上にもっと必要になってくると思います。頭がおかしくなるほど、周りが心配になるくらい熱くなれなかったら、その作品は売れません。自分の抱えている沢山の仕事の一つにしてしまうと、熱は持てない。自分はたまたまここにいるんだ、偶然この作品に関われているんだという意識でいないと、すごいものは出てこないですね。
逆に言えば、若い監督や役者にはめちゃくちゃチャンスがあるということです。また、チャンスが増えるだけでなく、視聴者側からも彼らにチャンスを作ろうという意識がでてきているはずです。クラウドファンディングで成功した映画もその一つ。応援欲みたいなものを刺激できる人たちが出てくると思います。
昔は家でドラマを見て、次の日学校や職場で感想を共有するまで多少のタイムラグがありました。今はその場でつぶやくことができる。その感覚を共有できるんです。だからこそ、応援欲を掻き立てられるような存在は強いですね。それってつまり、監督や制作、役者自身がどれくらいそこに熱を持っているかなんですよね。その熱を感じるから、応援したいという気持ちを持ってもらえるんです。

プロデューサーとして、これからの展望など教えてください。

これから映画界はもっとプロデューサーを育てないとまずいと思います。日本映画界って古くから監督至上主義的なところがあるんですが、監督の主義で監督の感覚のみで観客と寄り添っていくことは難しい。だからこそ、僕自身プロデューサーを育てたいんですよ。監督と、プロデューサー志望やあるいは経験が浅いプロデューサーを引き合わせて、マッチングさせたり、資金集めやどういう風にその作品を作っていくかを一緒に考えていきたい。僕はお金を集めることが一番苦手なんですけど(笑)。またこれも2年くらいはかかりそうだなあと思いつつ、でも作品を作るのってそれくらいはかかりますからね。
僕自身はプロデューサーとプロデュースを表記を変えています。プロデューサーは、制作に関わる会社の担当者、です。日本では。プロデュースというのは、僕は積極的に作品作りに関わっていきますよという意思表示。監督の持っている素晴らしい感性や感覚を、よりいい方向に導いていくことが必要です。だから監督とめちゃくちゃコミュニケーションをとりますし、作品への意識のすり合わせを丁寧にやります。自分が納得していなければ、お客さんに自信をもって届けられないですからね。お客さんに嘘をついたり、騙すような作品を作ったらこの先やっていけません。
それでも、川村元気さんのようなプロデューサーが出てきてくれたから、少しずついい方向に変わっていくはずだと思っています。「プロデューサーになりたい!」って思う若者たちが出てきて欲しいですね。

 

ドラマ『ホクサイと飯さえあれば』 http://www.mbs.jp/hokumeshi/
『君の名は。』の上白石萌音主演の最新連ドラ。喋るぬいぐるみ・ホクサイと北千住に暮らす美大生・ブンは極端な人見知り&妄想癖な女の子。しかし、料理を作ることには人一倍のこだわりとテクニックを持つ。
そんな彼女に上京して初めての友達・ジュンちゃん(池田エライザ)が出来る。やがて、ブンの持つ「料理の魔法」によって近所の謎の中学生・凪(桜田ひより)、ジュンちゃんの幼馴染・ローちゃん(前田公輝)も仲間に加わり、ブンの東京生活は色づき始めるが…。
2017年1月よりMBS/TBSドラマイズム枠ほか にて絶賛放送中!
<MBS>毎週日曜 24時50分~25時20分 (深夜0時50分~)
<TBS>毎週火曜 25時28分~25時58分 (深夜1時28分~)
※放送時間が変更になる場合があります。
NETFLIXにて独占配信中!
原作:鈴木小波「ホクサイと飯さえあれば」 (講談社「ヤングマガジンサード」にて連載中)
出演:上白石萌音 池田エライザ 前田公輝 桜田ひより・斉藤由貴(声の出演)・ 梶裕貴(声の出演)
監督:宝来忠昭、柴田啓佑/脚本:土城温美、北川亜矢子/プロデュース:森谷雄   
企画・制作:アットムービー/放送局:MBS、TBSほか
★公式ホームページ http://www.mbs.jp/hokumeshi/
★ツイッター公式アカウント @mbs_hokumeshi


森谷 雄(もりやたけし)
1966年2月24日生まれ。愛知県出身。日本大学芸術学部映画学科卒。
フジテレビ、共同テレビを経て、株式会社アットムービーを設立。主なプロデュース作品にドラマ「天体観測」「33分探偵」「ザ・クイズショウ」「みんな!エスパーだよ!」、映画『ロッカーズ』『しあわせのパン』などがある。
映画『サムライフ』で監督デビュー。現在、ドラマ「ホクサイと飯さえあれば」が放送中。
2017年3月3日〜5日開催の「ええじゃないかとよはし映画祭」のプロデュースを担当。http://etff.jp/

撮影:大村祐里子