映画『ブランカとギター弾き』 長谷井宏紀監督インタビュー

この題材で映画を撮ろうと思ったきっかけを教えてください。

28歳くらいの時に、フィリピンのスラムの子供たちと「いつか一緒に映画を撮ろう」と約束していたのが一番のきっかけです。あの頃は世界を色々と周って写真を撮ったり色々してたのですが、そこで彼らに出会いました。
そのうち2人だけ作中に登場してもらっています。ブランカとピーターがバスに乗って街へ移動するシーン。一人はずっとスラムにいる子で、そこに行けば会えるからずっと繋がってました。もう一人は墓地に暮らしてる子。連絡先は知らないけど、彼らの住んでる場所は知っていたので会いに行った。
約束した人たちはもっと沢山いたけど、あれから10年以上経ってるからほとんどのみんなバラバラになって、結局見つからなかったですね。

主人公のブランカがとても魅力的でした。彼女は今回が初演技なんですね。

ブランカ役のサイデルは、シンガー志望の女の子です。彼女もピーターも歌を歌うから、歌詞や台詞に対しての感情表現は得意だし、どんどん吸収して芝居ができていました。“こういう音が流れるシーンだ”ということはわかっていて、その音が演技になる感じ。サイデル自身はスラム出身ではなかったので、ワークショップの段階でスラムの子供たちと路上で遊ばせたりしました。
実は、サイデルは最初様々な条件が合わず諦めていたんです。そこで道端で歌う孤児のアンジェラという子を探して、その子をブランカとして準備を進めていました。
アンジェラは、2人目のブランカ。ワークショップに来てもらって、その都度きちんとギャラを支払っていたのですが、親戚が出てきて更なる要求があったり、アンジェラ自身が周囲の子から嫉妬を受けていました。それでも彼女はワークショップに来ていたけれど、演技をする上で、彼女はオープンになれなかった。そんな中、色んなタイミングが重なり、サイデルが参加できることになった。でもアンジェラは必要で、彼女のために別の役を作った。でも撮影当日、アンジェラは来なかった。
アンジェラはいなくなったわけじゃない。今もフィリピンの路上で歌っています。

主演以外のキャスティングは、基本的には市井の人々からされたそうですね。

朝から晩までずっとスラム街に立って、ひたすらに人を見続けました。脚本に出てくるキャラクターに合う人、物語の中に入っていけるエネルギーを持っている人を探して。何かを狙っていたわけではなく、この時の僕はあの場所にいる人たちと一緒に時間を過ごしたかったというのも大きい。
キャスティングが非常に重要だと思っていたので、このメンバーがそろった時点で「イケる!」と思いましたね。
ピーターは、ピーター本人を探すのに1か月ほどかかりました。見つかったときは最初に出会った場所から3時間くらい離れた町にいました。東京から長野くらいかな。そこで2番目の奥さんと暮らしてた。最初の1か月、あまりに見つからないので、プロダクションからプロの俳優を使うように言われたんです。フィリピンの名優で、盲目の演技もできるからと。でも僕はやっぱりピーターがよくて、粘りましたね。

ピーターさんの魅力を敢えて言葉にするとしたらどうなりますか。

やっぱりあの存在そのもの、でしょうか。最初に彼を見たときにドキっとしたんです。彼の人生や生き様を聞いてもいないけど、心を奪われた。
実際に彼にそれまでの人生を聞いたのは、映画の準備で演技のワークショップが始まってからでしたね。それまでは彼のバックグラウンドは知らなかった。でも僕が彼の存在に恋してしまったんです。
フィリピンってギャラがその日払いなんです。毎日きちんと払っていたけど、撮影の最終日、ピーターは5000円しか持っていなかった。困っている人たちがいたらあげちゃってたみたい。そういうところもピーターらしいな、と思いますね。

夢の話が印象的でした。

あのシーンは自分の思い付きで書いています。
昔、日本で盲目の人たちとお話する機会があって、その方に色々と教えてもらったことがあります。
彼らのイメージってとても興味深いです。色のとらえ方とかも面白くて、「太陽ってどんな色だと思いますか?」と聞くと、「肌に当たるとチリチリと熱を感じる。暖かい。だから、暖色」とか、詩的な連想が素敵なんです。

現場ではどういう風に演出されたんですか?

演技自体は撮影前に行ったワークショップで詰めているから、現場では芝居へのことは基本的に言う必要はなかったですね。みんな自分がどういう役でそこにいるか理解しているので、簡単にシーンの説明をするだけ。
ワークショップでは、まず気持ちがオープンになることを中心にやりました。アクティングコーチの指導で、リラックスしながら役の中に入っていく。
基本的には脚本ベースに進めましたが、インプロのシーンもあります。僕は、脚本はあくまでも地図で、その中にソウルがあって、そのソウルさえ見失わなければ多少いろんな場所に行ってもいいと思っています。脚本に書かれている決まったものを作るより、現場で出来上がったもの、変わっていくものを大事にした方が、エネルギーが豊かになる気がするんです。頭の中で考えたことより、ライブ感が好きなんですね。

監督が一番気に入っているシーンはどこですか?

やっぱりラストシーンですね。
実は、最初にあった脚本とは大きく違ったものになったんです。そのきっかけはセバスチャンでした。彼がこの映画に刻んだものがとても素敵なもので、僕が会いたくなっちゃったんです(笑)。また会いたい、最終日にもう一度来てもらえないか。だったらシーン追加だ!と。
そのくらい、僕含めスタッフがみんながセバスチャンに魅了されたんですよね。

改めてこの作品への想いをお願いします。

今回の日本での公開で、本当に、多くの方、色んな方に見ていただきたいです。
ブランカという少女の辿り着く場所、彼女が勇気をもって踏み出す姿を感じてもらえたらいいな。
温かい気持ちになれる映画だと思うので、気軽に映画館にお越しいただければと思います。

 


映画『ブランカとギター弾き』 http://www.transformer.co.jp/m/blanka/
“お母さんをお金で買う”ことを思いついた孤児の少女ブランカは、ある日、盲目のギター弾きピーターと出会う。ブランカはピーターから、得意な歌でお金を稼ぐことを教わり、二人はレストランで歌う仕事を得る。ブランカの計画は順調に運ぶように見えたが、一方で、彼女の身には思いもよらぬ危険が迫っていた・・・・・・。
日本人として初めて、ヴェネツィア・ビエンナーレ&ヴェネツィア国際映画祭の出資を得て製作された長谷井宏紀の第一回監督作品。7月29日(土)よりシネスイッチ銀座他にて全国順次公開。


長谷井宏紀
1975年生まれ、岡山県出身。映画監督・写真家。
セルゲイ・ボドロフ監督「MONGOL」では映画スチール写真を担当し、2009年、フィリピンのストリートチルドレンとの出会いから生まれた短編映画「GODOG」では、エミール・クストリッツァ監督が主催するセルビアKustendorf International Film and Music Festival にてグランプリ(金の卵賞)を受賞。
2012年、短編映画「LUHA SA DESYERTO(砂漠の涙)」をオールフィリピンロケにて完成。
2014年、NHK土曜ドラマ「ロング・グッドバイ」の写真を担当し、早川書房より写真集「ロング・グッドバイ」ビジュアルブックが出版。
2015年、ヴェネツィア映画祭カレッジシネマ部門より出資を受けた映画「BLANKA」で長編監督デビュー。

撮影:大村祐里子